少年の葬列
明け方に 奇妙な夢を見た
真夏の畦道を 棺を担いだ喪服の一列が歩いてゆく
僕は其の真上から 彼等をじつと凝視めてゐるのだ
妄想 警鐘 冷笑
黒き異端の葬列は
清げに咲く花を踏みにじって進むのです
白い棺に少年が眠ってゐる
蒼褪めた頬は 花の蕾に埋もれ
襟元に血が滲んだ 経帷子を纏って横たわってゐる
首すぢに 鎖骨に 左手に 包帯を施した少年
あれは 僕ではないか
山間の墓地に葬られた僕は
漆黒き幻影の生贄と成つた。
凶気の嘴が 屍軆の右目を抉ってゐる
古びた面影を こじあけるやうに
軈て僕の眼から 水晶の破片を探りだした彼の影は
燐のやうに煌めく欠片を咥えたまま 空の彼方へ羽搏いた
流れぬ血が酸化してゆく 亡骸を残して
子供に純潔を求むる人は白痴です
そんなものは陳腐な盲信とともに
海の底に葬って仕舞へば善ひ
森の奥から 一匹の白蛇が僕を睨んでゐた
白昼に腐乱する 血の匂いに誘われたのだらうか
蛇は音もなく忍び寄り 棺の中に這入りこんだ
貴女を欲するのは 罪なのでせうか
それは天から罰が下らねば 判らない
禁忌の果実を さァ だうぞ
猛毒のやうに紅い舌が 死化粧をした貌を舐る
するどい牙が 喉元に咬み痕を印す
腐敗した血を滴らせたまま
蛇は帷子の裾を割り 僕の軆を這いずつてゐる
腿を 背中を 胸を
つめたい海水にも似た愛撫が 屍軆の輪郭をなぞつてゆく
さうして蛇の軆が 鎖のやうに僕を締め上げるのだ
母様 だうか僕を殺してくださひ
此の刃で 貴女を切り裂いて仕舞ふ前に
蛇の戒めに犯され乍ら
屍軆の鼓動は脈打ち 徐々に皮膚が色付いてゆく
零す吐息は黄泉路の霧 死せる口唇には快楽の接吻を
僕の果実を齧つた蛇は
其処に卵を植えつけて去つて行つた
蛇が産み落とした卵は孵化し
今度は銀色の幼虫が 僕の軆を侵食する
僕の血を吸いあげ 腐食してゆく臓腑を喰らひ乍ら
軆のすみずみを じとじとと蠢き 這い回つてゐる
誰か僕に 鋏とメスを
先刻から脳髄を齧る記憶が 忌々しくて仕様が無ひのです
人も獣も残飯も
腐つて仕舞へば 皆同じ
吐き気がするやうな饐えた腐臭に蝕まれて
忘却された自分は 塵芥として廃棄されれるのを待つてゐるのだらう
さうして月夜に匂う 馨しき蓮華は
爛れ 腐乱し 朽ち果てた僕に纏いつく
蟲に集られた右目には月光が注ぎ
寂れた眼窩を浄化する
軈て亡骸に穿たれし血の泉から
一羽の蝶が孵つた
ゆるやかに輪廻る魂の逢瀬を 希んでゐるのだらうか
生まれたての蝶は 静かに 狂おしく
宵闇の彼方へと 舞ひ踊つたのだつた…………
戻る