銀色の雫が落ちた。
夜の闇を切り取った粗末な窓の向こうから、やけにくっきりとした月が此方を覗いている。窓から差し込む白い輝きが、すすけた床を照らしだしていた。流れた水の名残を窺わせる、コンクリートの古ぼけた床。
壁際にうずくまっていた少年は、暫らくの間その光景を凝視していた。
半分眠ったような瞳に、月明りの白さが忍び込む。
そして、おもむろにポケットから何かを取り出した。青みをふくんだ深海の如き暗闇に、一番星の煌きが宿る。少年は、極光を閉じ込めたかのような冷たい鉱石を、窓に向かってかざした。
鉱石越しに覗いた月が、万華鏡のようなプリズムを見せた所為だろうか。少年は眩しげに眼を細めた。彼は長いことそうしていたが、やがて鉱石を指先からてのひらへと滑らせると、石が砕けるくらい強く手を握りしめた。
少年が、ゆっくりと立ち上がる。そして躊躇うように握った手をほどいた。するとどうだろう、月明りを集めた鉱石から、いくすじもの光が生まれ、味気なかった壁と言う壁を照らし出した。
にわかに明るくなった空間を、銀の腹をひるがえした魚が泳いでゆく。
少年の目の前を横切っていった一匹は、やがて数を増していった。名も知らぬ小さな魚たちの群れが、淡く発光する光の中を自由に泳ぎ廻っている。ゆらりと動く水音が耳をくすぐり、ごぽごぽと鳴いた。
流れる水の回廊を、魚たちは飽きもせずに泳いでみせた。鋼色の鱗がつうッと閃いて、差し込んできた光を反射する。あるものは螺旋を描くように、あるものは空に遊ぶ飛行艇のように身をひるがえしながら、蒼い水の中で戯れていた。
水銀の輝きを見せる泡が上のほうへと昇ってゆく。魅入られたように立ち尽くす少年の頬を、魚の影と、水面を映した光の網がすべるように流れていった。
不意に、今まで淡い光を放っていた月が翳った。
時を同じくして、蒼白い幻燈を見せていた空間も闇に包まれる。
束の間の静寂が空間を黒く塗りつぶした。
それから間もなくして姿を現した月が再び窓を覗き込んだが、其処に少年と水の住人たちの姿はなかった。
白い月光が照らし出したのは、今はもう忘れられて久しい、うらぶれた空間である。硝子は粉々に砕け、あたりを散らかしていた。コンクリートの水槽はうち棄てられたように黒々とした姿を晒している。天井を蓋っていた鉄梁も、野ざらしにされた所為で錆び付き、壁を飾っていた塗装も無残に剥げ落ちていた。
時間に見捨てられたまま朽ち果ててしまった場処に、銀色に透きとおった雫が落ちる。ささやかな水溜りをつくった其処に、えもいわれぬ光を帯びた鉱石が落ちていた。
白色の月光をうけた水溜りの中を、小さな魚の
幻影 が虚ろいでゆく。
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